北京から車で約2時間、唐山という所で評劇という地方劇を見せていただきました。
評劇祭という事で、話劇人社の理事長を含め数人での観劇。
色んな意味で勉強になった数日間でした。
理事長が北京にいらっしゃると、私はいつも貴重な体験をさせて頂いている気がします。
演劇界の方に紹介していただく事もその一つですが、それ以外にも何というか、人間の人間としての在り方を考えさせられる、というか。。。
こちらで演劇に携わらせて頂けるようになり、時間が経てば経つほどに、どれだけの
時間と人の上に今の日本と中国の演劇が成り立っているのかを思い知らされる事が
多いのですが、理事長とお会いすると、その思いが更に倍増します。
評劇。
地方劇の一つ。昆劇などのように洗練された地方伝統劇とはちょっと違って、
いわゆる土着のお芝居。主に歌を通して話が進む。
私たちが見せていただいた劇団の中には小屋もないようなところで1年間に400公演
もする劇団(もちろん旅公演)があると知りました。
実は、どうしてこんなに出来の悪いお芝居ができるのだろうと、観劇中からどういう
態度で見るべきか悩んでいました。
でも芝居が終わる頃、劇場全体からすすり泣きする声が聞こえてくるじゃないですか。
振る返って見ると、ほとんどのお客さんが泣いている!
後から理事長と話をして、少しずつ分かってきた事は、この地方の農村では、
こういうお芝居を上演していく事が一番必要なのだという事。
押し付けでは駄目だという事。
舞台美術も、舞台中の転換も、全て未完成に思えていたのですが、考えてみたら
何もないところで役者が自分の歌と演技だけで芝居を進めるのだから、美術の出来が
悪くても仕方がない。(というか、彼らにはあまり必要ない・・・)
そういう環境なのです。
でも確かに、役者さん、特に主役を張る方たちの歌声は、太くて大きくて、2時間歌い上げるエネルギーにも圧倒されるものがありました。
需要と供給、それに演劇に必要とされるあるテーマをも盛り込む。
芝居つくりって本当に難しい。。。